数日前の東京カテドラルでの濱田芳通モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」は当日券も出ない完売だった。昨年のサントリーホール山田和樹柴田南雄もそう。


名目的な「売り切れ」は時々あるが、メジャーマスコミのレギュラー批評欄を担当している編集者、評論家が血眼になって「買ってもいいから1枚無い?」と探し回る、本当のパツパツだったのだから凄い。

これらの内容は空席一杯のガラガラになっても誰も不思議がらない。「こういう渋いのは難しいよね-」で終わりだ。

今回の大阪フェス バーンスタイン「ミサ」はどうだろう。二日間で約5000席。現代音楽が売れにくいと言われる大阪。ウェストサイドや、せめてキャンディードならともかく、「ミサ」とかいう知らない曲。

ガラガラだったら「やっぱり難しいよねー。一日ならまだしも。」で終わり。

そういう方々は売り切れれば「ま、朝日がついてるしね」という理屈が準備されている。

確かに徒手空拳の山田和樹や濱田芳通が自ら主催するほうがより大変なのは確かだろう。だが朝日がついていようが国立だろうが、大変でないかと言えば、ことはそれほど単純ではない。それでもガラガラになる例はいくらでもある。

で、今回の実際のところはどうなのだろう。

私は売り切れるような気がする。どこか必死さが感じられるからだ。

井上道義が自らフェイスブックに書いたりするのは今時当たり前だが、その一言でも必死さ、気迫が滲むのとそうでないのは随分違う。
m_inoue2010
東京でもリハが行われたり、それに出演しない佐渡裕まで来たり、というのがプロモーションとして使われるのは当然にしても、どこか必死な感が漂っている。

本当にガラガラになるのは、言い訳の理屈が先に聞こえるような時。「こりゃ大変だ」とあるレベル以上のスタッフが本気で思うと、やはりことは動きやすい。

選挙と同じで最後までこの必死感で走り抜けば、「行こうと思って東京駅まで来たけど当日券も出ないそうだから戻るわ。」と家に連絡する首都圏業界人も出てくる事態になるかもしれない。

(レポートはnoteに書きました。)