先年ウィーンフィルを定年退職したコンサートマスター ウェルナー・ヒンクの語り下ろし本「ウィーン・フィル コンサートマスターの楽屋から」(アルテス・パブリッシング刊)を拝読した。
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ウィーンフィルコンマスともなれば、指揮者になったり、ならないまでも、しょっちゅう指揮もしたり、世界のコンマスの中でもダントツのスター的存在になったり多士済々。

そのなかでヒンクは実に地味というか普通の存在だ。同オケとして典型的な、歌劇場とフィルハーモニーと王宮礼拝堂と室内楽を弾くだけ。ソロもごくたまに、という程度。

キャラクターとしても、温厚誠実、仕事をしていて嫌な思い出もないし、その種のことを人から聞いたこともない。だからご一緒させていただくには極めていいが、さて本となると面白いか。

それでも手に取ったのは、ウィーン弦楽四重奏団の日本ツアー2回とPMFで、ほんの少々スタッフとして関わらせていただいたことがあり、懐かしかったから。

読めばやはりあのヒンクさんで、とりたてて独自の主張もなく、ある程度のキャリアのある業界の方にとっては既知のことばかりが並んでいるだろう。指揮者評もバーンスタインやクライバーが「実演向き」とか、「そりゃそうだろうが」とでも言うしかない。

ところが、結局は一気に通読してしまった。面白いか面白くないかと言えば、面白かったのだ。

読み進めると分かるが、この種の本に必ずでてくる成功譚やら、感謝の言葉の羅列のうらに潜んだ自慢話が皆無で、各エピソードも「都合がいいようにストーリー化」されていない。

これは構成・訳の小宮正安さんや編集者の見識でもあるだろうし、ヒンクの価値でもある。

典型的なのがウィーンフィルコンサートマスターのオーディションを受けた時の話で、何と自分が落ちてヘッツェルが合格したときのことが、そのまま書いてあるのだ。これはなかなかすごい。

そういう人だから、知っているような話でも、やはり一次資料的迫力がある。「ショルティは、録音において特別な才能を発揮する指揮者だったのでしょうね。逆に実演になると、録音時に見られた鬼才ぶりが消え去ってしまうのです。」などというのも、凡百の評論家ではなかなか、こうはスパッと言えない。

それどころかオーケストラプレーヤーだとマスコミで話すことを引受けておきながら、少しでもネガティブな話だと「あるAさんという指揮者は・・・」などと匿名にしてしまってつまらないことこの上ないことも多い。「そんなに『聴取者サービスより自分の立場』をとるなら引き受けなきゃいいのに」とつい思ってしまう。

ということで、面白いし、留学など考えている学生さんとかにも実際上の参考になることも散りばめられている。

地味なようだが、どの立場の方でも読んでおくに値する基本的文献の一つになりそうだ。